江田五月・元参院議長が逝去。心からご冥福を祈り、「野党連合政権を」の遺志を受け継ぎ実現を目指します

2021年07月28日

定例の記者会見で、「江田五月・元参院議長がお亡くなりになりましたが、どのように」と問われました。

惜しい方を亡くしたと思います。参院議長として活躍されたことは、同時期の議員として、憲法の改悪に反対する立場を明確にし、議会制民主主義を守るという点での見識ある行動を取られたことに対して敬意を表したい。
(日本共産党の)新聞赤旗にもたびたび登場いただきました。「政権交代」「野党連合政権」への期待を語り激励を受けました。
その遺志をしっかり継いで、私たちに託された思いを実現するために全力を挙げたいと思います。

 

28日、衆院4期、参院4期を務め、科学技術長官、参院議長も務められた、江田五月氏が80歳で逝去されました。

1977年の参院選挙で初当選し、83年の衆院選挙で鞍替えをし4期務め、98年の参院選に出馬し、岡山選挙区で当選。参院で与野党が逆転した2007年から3年間、参院議長を務め、16年に政界を引退、立憲民主党岡山県連の顧問を務められていました。

 

 

江田氏が参院議長のときには、核兵器廃絶問題で、親しく懇談をしました。(2009年5月21日

 

 

しんぶん赤旗「日曜版」には、度々、登場していただきました。直近では東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長を務めていた森喜朗氏の女性蔑視発言をめぐり、辞任したときには「世界もあきられる自民党の古い体質」として批判をされていました。

 

 

20年10月4日号では、「政権交代」に期待を寄せていただきました。

 

 

 

さらに、19年11月17日号では「野党連合政権への道」のインタビューに応じていただきました。