衆議院議員10期
穀田 恵二(こくた けいじ)

profile

経歴
予算委員会、地方行政委員会、災害対策特別委員、倫理選挙特別委員会の各理事などを歴任。現在、党国会対策委員長、選挙対策委員長、常任幹部会委員、伝統的工芸品産業振興対策委員会責任者。
所属委員会
  • 外務委員会

審査会
  • 政治倫理審査会
略歴

■たたかう人たちのやさしさにふれて

1947年、岩手県水沢市生まれ。中学生のとき、父の職場・岩手銀行では、60年安保をたたかった組合への分裂攻撃が激化。人間の尊厳をかけてたたかう人々のたくましさと、やさしさにふれ「お父さんのようになりたい」と思った。

■啄木の足跡訪ねるバンカラ少年

岩手県立盛岡一高に進学。石川啄木や宮沢賢治の母校。啄木の足跡を尋ねたり、学校帰りに足しげく書店に通った(書店が特製のいすを用意して待っていてくれるほど)。

■命かけて「わだつみ像まもれ」

wadatsumi1965年末川博立命館総長の平和と民主主義の教えにあこがれ、立命館大学入学。当時、暴力学生が自治会を私物化。自治会を全学生の手に取り戻すため先頭に立って活動。民主化が実現し、学友会の副委員長に。
戦前「侵略戦争反対」「主権在民」をかかげ、たたかいぬいた党があったことに感動し、同年、日本共産党に入党。
1969年、立命館大学職員に就職。

■「困ったとき、すぐきてくれはる議員さん」目指して

kokutaYoung立命館大学職員を退職し、日本共産党京都北地区委員会に16年間勤務。
1988年、京都市議会議員に当選。困っている人がいるとすぐにとんでいく行動力と人情味を大事に活動。

■子どもにかえって遊ぶお父さん

大学での運動をつうじて知りあった誠子夫人との間に、一女二男。家族との時間を大切に、どちらが親かわからないほど子どもとよく遊ぶ。おこるときも遊ぶときも常に本気。

■革新京都の顔として

kokutaSpeech政治革新を願う日本中の人々を励ましつづけた革新の伝統いきづく京都1区の議席。
1993年、旧京都1区で衆議院議員にトップ当選。
災害対策特別委員として阪神大震災救援などに奮闘。1996年、2000年、2003年、2005年、2009年、2012年、2014年、衆議院議員再選(比例近畿ブロック)。
「21世紀の政治を国民の手に」をモットーに1997年より党国会対策委員長として奮闘中。

関連記事:「こくたさんはこんな人―その活動と実績」