こくたが駆く

東京に積雪は2年ぶりとか

 東京の雪、宿舎から 昨朝、東京は、雪だった。私は生まれが岩手県水沢市(現在は奥州市)だ。 高校まで銀行員の父の転勤で岩手の各地に住んだ。
 冬は必ず雪だった。父が銀行に通うのにスキーで行ってたりしたことも思い出される。
  「犬は喜び 庭かけめぐり」の唄にあるように、子どもたちにとって雪は楽しいものだった。
 小学校の頃は、自分で造った桜の木のそりで裏山に水を撒いてコースをつくりすべった。みんな手製だった。

 中学校では、二階からドンと積もった雪に飛び降りて「大」の字を描いたりした。何でも遊びにする時期だったのだろう。  
薪割りと薪ストーブの管理は私の仕事だった。餅を焼いたり、母のお汁粉を温めたりした。楽しい思い出が多い。

 いまでも雪を見ると、何かワクワクするのである。雪が舞っていた。思わずシャッターを切った。でも雪は下から撮るべきものだな。 雪が降るときは見上げていた。

  雪の思い出はありませんか?

 

| コメント (2) | トラックバック (0) | Update: 2008/01/24

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コメント

 雪の思い出は、やっぱり懐かしい、あったかい子どものころの思い出になります。岩手ほどではありませんが(失礼)私も山口県の田舎なので、今は積雪は年に数えるほどで、たまに積もっても10センチたらずですが、小学校のときに、登校してから雪がひどくなり途中下校した記憶が一度だけあります。そのときは60センチくらい積もっていました。兄弟で青竹を割り、火であぶって折り曲げそりをつくって、裏山や家の坂道で遊んだ楽しい思い出があります。大晦日には紅白が終わってから兄弟で雪道を歩いて近所の神社に初詣に行っていた、そのころが懐かしく思い出されますね。しかし広島市内には先日も降りましたが積もることはここしばらくありません。新聞を配るのにもさほど苦労しません。しかし雪国で配達活動している人には本当に頭が下がります。

 前原さん、メール何時もありがとうございます。
 そこまで考えが至りませんでした。雪の中での「しんぶん赤旗」の配達どれほど大変か!お疲れ様です。
 さて、私も「しんぶん赤旗」の配達・集金の元締めをしていました。
 雪のとき、印刷所から輸送自身が遅れるのです。各中継所ポスト下ろしするのですが、最終の配達の方々の所に新聞が届くときには7時を回っていることもあったのです。
 配達の担当の方から、「7時前に読者に配達ができないやないか。どないしてくれるんや」と叱責される。
 こんな経験もあるのです。
 たしかに、楽しきことばかりではないですよね!

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