1947年に岩手県水沢市(現・奥州市)生まれ。石川啄木、宮沢賢治の母校・盛岡一高を卒業。
立命館大学卒業。京都市会議員を経て、1993年初当選以来、衆議院議員5期・16年。97年から日本共産党国会対策委員長。
1995年1月17日、阪神大震災がおきたその日のうちに被災地に入り3日間、救済と被災実態の把握に奔走。1週間後には衆院予算委員会の質問に立ち、被災者救済の緊急要求の実現を迫る。同時に、被災住宅再建のための個人補償を初めて提起する。資本主義のもとで私的財産に税金を使うことは困難という政府のかたくなな壁を突き破るため、今は亡き作家の小田実さんなどの市民運動とも共同するなど粘り強く取り組み、2007年についに実現。
昨年は、後期高齢者医療制度を廃止させるため、4野党による廃止法案の国会提出を繰り返し呼びかけ実現させる。参議院で廃止法案の可決へと政治を動かす。また、タクシーの規制緩和の結果、増車・過剰供給により労働者の異常な低賃金と長時間労働、安全を損なう状況を招いている問題を国会で追及。この事態の転換をはかるため今年6月、タクシー事業の規制を強化する法案(修正案)の提案者となり、答弁にも立ち審議をリード。全会一致で可決・成立を果たす。さらに、使い捨て労働をやめさせ人間らしい労働のルール確立のために、労働者派遣法の抜本的改正に向けて政治力を発揮するなど、国政の舞台で抜群の存在感をもって縦横に活躍中。
京都を愛し、中小企業、ものづくり、伝統産業の振興のために奔走。日本共産党国会議員団の伝統的工芸品産業振興対策委員長として、西陣織、友禅などの振興策を国会で取り上げ、多くの成果をあげる。その実績が評価され、昨年10月、西陣織工業組合主催の「京 ベスト・タイ・ドレッサー」の認定証を授与される。
祖父は水沢市の元自民党市会議員、父は岩手銀行労働組合役員。祖父と父の生きざまは、日本共産党員としての活動の原点となっている。(別項「父のこと、祖父のこと」参照)
参考:2005年2月―こくた恵二さんはこんな人―その活動と実績 革新の伝統うけつぎ、いま国政にはばたく―こくた恵二のあゆみ 「父のこと、祖父のこと」(女性の広場5月号)
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