旧友、西泰広・元城陽市議の告別式で「お別れの辞」

2019年08月25日

24日、大学時代から苦楽をともにしてきた旧友でもある、西泰広・元城陽市議の告別式に参列しました。

 

西葬儀祭壇

 

故人を偲び、友人の一人として私も「お別れの辞」を述べました。

 

西葬儀 こくた

 

その内容を紹介いたします。

友人・西泰広氏の死を悼む

突然の訃報に言葉もありません。ご家族の悲しみは如何ばかりかと思います。

一、あなたは、立命館大学文学部の後輩、専攻は哲学。ちょうど学園紛争・立命館大学民主化闘争の時代を一緒に闘いました。
はっきり言って異色の存在で、ハスキーな声と発想がユニークと言えば聞こえが良いが突拍子もないことが多かったものですが、憎めない人柄が特徴でした。
それが、哲学科のクラスの級友の支持や共感を呼び、まとめ上げ、学園の運動における新しい時代を切り開き、民主化運動の勝利を導いたのです。
後に、民主青年同盟立命館大学地区委員会結成の際は、常任委員として活躍し、強大な青年組織をつくることに貢献しました。
そのときに一緒に活動して愛を育んだのが当時「チビ」の愛称で親しまれた旧姓細川さん・お連れ合いでした。

一、あなたが、社会進歩のために働き、住民の暮らしを守る日本共産党の城陽市会議員活動を五期二〇年、議員団長も務め、大西民主市政の誕生に尽力したことは、私たちの誇りです。
あなたの初当選の選挙の際に、私は、日本共産党京都北地区委員会から派遣され責任者として闘いました。いらいあなたの選挙の度毎に応援。地域の後援会のみなさんと親しく交流が出来ました。

一、ご子息ただすさんが、立派に後を継いで神戸市会議員として奮闘中です。
親父さんと一緒で妙に人懐こいタイプでした。私の倅と民青同盟大学浪人担当の活動を共にしていて、立命館大学の目と鼻の先にあるわが家にも泊まっていました。  関西大に籍を置く倅は早くに家を出て、ただすさんは立命館大学でしたから遅くに「行ってきます」と、わが家を出ていくという状態で、私の連れ合いが「あんた誰?」と最初は驚いていました。日本共産党の議員として遺志を継いでこれからも頑張ってくれるでしょう。見守って下さい。

一、泰広さんには、私の選挙で、一方ならぬ応援を頂戴しました。私たちは「市民と野党の共闘」で政治を変えるという新しい挑戦を行っています。泰広さんが願った民主連合政権への大きな一歩をつくりだすことをお誓いしてお別れのあいさつにします。

 

 

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告別式は、故人の人柄や市会議員として活動が偲ばれるものとなり、最後に神戸市会議員でもある長男の西理(ただす)さんが遺族を代表して挨拶されました。「まだまだたくさんのことを父から学びたかったが、今となってはその遺志を受けつぎ、頑張ってゆきたい」と、たいへん立派な挨拶。故人も胸をなでおろしているのではないでしょうか。

 

西葬儀 ご遺族