「よみがえる沖縄1935」(立命館平和ミュージアム)展を鑑賞

2019年04月28日

固き土を破りて 民族の怒りに燃える島 沖縄よ
我等と我等の祖先が 血と汗をもて
守り育てた 沖縄よ
我等は叫ぶ沖縄よ 我等のものだ沖縄は
沖縄を返せ 【返せ】 沖縄を返せ

 

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この歌詞は「沖縄を返せ」の歌である。1965年立命館大学に入学して、私が初めてデモに出たのは4月28日、当時「4・28 沖縄返還デー」として取り組まれ、この歌を覚えた。

立命館大学国際平和ミュージアムの2019年春季特別展「よみがえる沖縄 1935」を鑑賞した(4月28日は、あいにく休館日だった)。
「太平洋戦争末期に過酷な戦争にさらされた沖縄。近年、『1935年の沖縄」を取材し、大阪朝日新聞に連載した写真のネガが発見されました。… これらの写真を通して戦争が激化する前の人々の日常と、そこにしのびよる戦争の影を読み解きながら、現代へと繋がる沖縄をめぐる問題にせまります」(紹介チラシより)

 

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「魚をかつぐ少年」「那覇市内にあった雑貨店の様子」「バーキ(竹かご)を二段重ねにして頭に載せた女性たち」などの写真100点近くが展示されており、沖縄の日常生活そのもの、生活、風習、街の様相などが伝わり貴重な史料と思える。

当時、戦争に向かう時代に、平常である状況を写真に撮りたかったった報道機関の思惑と、民主主義の閉塞とのズレがあるのではないか。

1925年には、治安維持法が制定。28年には改悪(山本宣治が反対の論陣)され、国民全体が弾圧の対象とされた。1931年には柳条湖事件が勃発し、日中戦争へ、日本全体が軍国主義に突き進む時代であった。

平常さとは裏腹に、日本がファシズム・軍国主義へ向かっていった時代の事実を踏まえることが求められている。
安倍政権の下で「戦争する国づくり」が進められ、2020年に憲法9条改悪を声高に語られるいまこそ、憲法改悪反対、辺野古への新基地建設反対の運動を大きく発展させる決意を新たにした。