元旦、山本宣治、谷口善太郎、国領五一郎のお墓へ

2018年01月1日

 

1月1日、私は、早朝から宇治市にある「山宣」こと山本宣治のお墓参りから始めることを慣わしとしています。写真は、今年もご一緒に墓参し、京都府知事選勝利と党のいっそうの前進を誓い合ったみなさんです。

 

山本宣治2

 

山本宣治は、1928年、第一回普通選挙で、非合法下、地下の共産党から要請され労農党から立候補し、当選を果たしました。しかし、「山宣ひと孤塁を守る・・・」との有名な最後の演説をした翌3月5日、議会で治安維持法改悪反対の意見を発言しようとして妨害され、果たせないまま、その夜、神田の宿舎で右翼の凶刃に襲われました。

 

山本宣治

 

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そして、1923年、京都の共産党結成に参加し、山本宣治と京都で労働学校を創設したのが谷口善太郎です。かつて蜷川虎三京都府知事は、「京のまち京のひと谷善の顔がある」と詩を詠んだほど、「谷善」は京町衆に慕われていました。

 

谷善

 

左の墓碑に刻まれているのは、「守道不封己」の言葉。「道を守って己(おのれ)を 封(あつ)うせず」の一句ですが、共産主義者たるもの利己心があってはならないという意味です。

 

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そして、その谷口善太郎氏をもって、「私は国領君と親しくなるにつれて、この自分より若い国領君がら終始教えを受けた。とくに革命家はどうあるべきかというたいせつな問題で国領君の人格から強い影響を受けた」と言わしめたのが国領五一郎

 

国領

 

3人の先達の墓参りをし、いっそう身の引き締まる思いで新しい年を迎えることができました。