国会会議録

【第165臨時国会】

衆議院・国土交通委員会
(2006年11月29日)

 建築士法一部を改正案の参考人質疑


○塩谷委員長 次に、穀田恵二君。

○穀田委員 私は日本共産党の穀田恵二です。

 三人の参考人、貴重な御意見を本当にありがとうございました。

 座って質問させていただきます。

 私は、耐震強度偽装によって、設計者側である建築士制度に不備があるという点も明らかとなったと。今回の改正は、建築士の資質、能力の向上、そして設計、工事監理業務の適正化を図って責任を明確にしようというものであって、一定の前進だと私は思います。しかし、耐震偽装事件が投げかけた問題の深刻さは、これらの問題だけでは解決できないと思っています。それは皆さん、私も何度か質問をさせていただきましたし、御承知かと思うんです。

 事件の背景にあったのは建築物の安全を軽視した安かろう悪かろうという競争だったし、いかに耐震基準ぎりぎりに設計するかという経済設計がもてはやされて、発注者などからの行き過ぎたコスト削減要請など、効率優先で建築物の安全を軽視する状況が蔓延しています。こうした中で、建築士が安全を確保する責任など本来の社会的責任、使命を放棄し、それらのダンピング競争などに取り込まれていく。つまり、建築士が本来の使命を果たすための独立性の確保がされていない現実があるんだと私は思うんです。

 そこで、事件の再発を防止するためには、この建築士の独立性の確保をいかにして図るか、これが焦点だと私は一貫して訴えてきたところです。ですから、その立場から若干質問したいと思っています。

 それで、まず、仙田先生も、独立性という点は不十分である、こう言っておられます。ですから、その点、参考人は、独立性の確保と、この法案によって独立性は確保されると思うかということを三方に。とりわけ、今お話あった仙田先生にはそれらの立場を詳述していただきたいし、それと、本多先生は論文で歴史的経緯もそれらについて書いておられますから、その辺を開陳願えればありがたいと思っています。お三方に。

○宮本参考人 お答えします。

 日本の建築士の状況というのは、もう御存じだと思いますが、やはり設計施工というのが一つの慣行として伝統的にあります。それから、これはやはり慣行ですけれども、ユーザーというか発注者が、設計と施工が別の方がいいかということで、設計は設計、施工は施工というふうに発注するような状況にあります。そういう中でありますから、建築家というか設計者の独立性というのは、どちらかというと、非常にまだまだ日本ではなじんでいないのではないかという現実があります。

 しかし、公共性の高いもの、そういったものはやはり設計と施工というのが現在の日本でも別で、独立して別々に発注しているのが現状ですし、そういった客観性をきちんと持つということで官庁建築や公共建築はやっております。ですから、今回の事件では、マンションのような一種の共同住宅は完全に公共性が非常に強いわけですから、設計と施工というのは別な独立したシステムでやった方がいいというふうには私は思います。

 それからもう一つは、設計と施工が一緒の場合にも、経済行為ですから、設計費あるいは工事費、それをやはり、公には公開できませんけれども、少なくとも団体とかそういうところには例えば内訳の金額を担保することも必要だと思うんです。そういうことの裏づけがあって設計の独立性ということが確保できてくるのではないかと思っております。その手始めに、実は私ども、専攻建築士制度を職能制度としてスタートさせたのが今の状況でございます。

 以上でございます。

○仙田参考人 先ほどもお話ししましたように、世界的な流れというか、世界は基本的には建築家といわゆる施工者とは分離した形でありますが、日本の場合には割かし歴史的なたくみの制度という部分があって、現在のいわゆる設計施工一貫という形の業務形態が成立しているわけでありますが、私は、同じ会社であっても、設計と施工部分は、やはり設計者として独立して、クライアントに対して要するにさまざまな説明責任、あるいは役割と設計者としての責任というものを、立場がやはり施工の部分とは違うという部分を明確にする必要があるのではないかというふうに思っております。

 そういう点で、私たちは、設計施工一貫の場合でも、設計契約は、一級建築士事務所という形でもってそれぞれ事務所を登録しているわけですから、その登録しているところでやはりきちっと契約をすべきだというふうに思っています。

 特に、設計者の独立性の中で施工側とかなり利害の衝突する部分というのは、ある意味で工事監理の部分が非常に大きい。やはり設計図どおりきちっと工事ができているかどうかというところをきちっと見なくちゃいけない、これが工事監理の部分です。ここの部分については、やはり第三者性を担保していく必要があるというふうに思っております。

 今回のこの士法改正とあわせて、国土交通省は、先ほどもお話ししましたが、工事監理契約書を工事着工届に添付するということを省令で行うというふうにしておりますが、それは極めて前進であります。

 ですが、あわせて、工事監理をする者を、やはり施工者とは違う第三者性をきちっと担保する必要があるというふうに思いますし、また、設計の方も、先ほど私が言いましたように、設計契約書を確認申請書に添付を義務づけることによって、必ず、設計者がどういう体制で、どういう役割で、どういう責任を負うかということをきちっとクライアントに明示していくということが必要だと思っています。

○本多参考人 歴史的にいいますと、戦前の日本建築士会は、これは現在の建築士会とは別ですけれども、ずっと施工と設計は分離すべきだという方向で、帝国議会にも何度もその法案がかかっております。しかし、さまざまな反対があったり、特にそれは設計施工一貫でやっている部分から反対があって成立しなかった。それともう一つは、成立しそうになったときに、ちょうど戦争が盛んで審議ができなかったというような経過もあります。そういう歴史的な経過もあり、また戦後も、設計施工一貫、是か非かという議論もありました。

 そういうのを経て、現在で考えてみますと、建築家協会が言っているように、将来の方向としてはやはり設計と施工は完全に分離してやる。現在は一緒にやっている面がありますから、すぐには移行できないと思いますが、方向はそうだと思います。

 特に知っていただきたいのは、同じ会社でやっていても、かなり独立的に設計をやっているという会社は、これは大手ゼネコンであります。ごく少ない。実際に、中小の工務店で設計施工を一緒にやっているというけれども、設計図と言えるようなものはできておりません。できておらないのが多いです。ですから、監理をするにも、実際には工事をしながら図面をかきながらまた工事をしている、そういうような工事が多いのが実情です。

 ですから、方向としてきちんと、設計と施工を分離するという方向を打ち出して、そのためのランディングの方法を考えていくのが妥当かと思います。

○穀田委員 仙田参考人にお聞きします。

 私は、設計入札というのはまずいと思うんですよね。あわせて、とりわけ公共建築物での設計料等のダンピング受注に対して、制度的改善がどうしても必要だと思うんです。ここのところが改善できないようでは何の意味もない。大体、公共物でそういうことをやられていて、どうして示しがつくのかと思うんですね。その辺の御意見を最後にお伺いしたいのが一つ。

 それと、本多参考人は、最後のページの一括丸投げ禁止というところの中で、建築の根本にも触れる問題だということを言ってはります。「建築は、」ということで、私は、本来の確認業務ということと、建築とは何ぞやという哲学が今問われていると思うんですね。そういう点が非常に、この法案というのは先ほど言ったように部分的な問題ですから、その議論がされずに進行してしまうという経過を私は危惧しているんですよね。ですから、その辺の哲学を本多先生には御披瀝願いたい。

○仙田参考人 まず、設計入札の問題ですが、これはやはり、日本の建築設計、生産、全体にわたって非常に大きな問題を持っているというふうに思っています。ですから、先ほどお話ししましたとおり、私、建築学会の会長もやっておりましたが、そのときに多くの国々の設計発注のシステムを調べました。お金だけで設計を、安ければいいという形でやっている国は日本ぐらいしかありません。やはりこれは、私は創造力を喚起しないシステムだというふうに言っています。

 日本は、ある意味で、いわゆる資源のない国でありますから、やはり知恵、アイデア、デザイン、それでもって世界に進出していかなければいけない。そういう点では、お金で設計を決めていくというのは非常に問題だ。やはりコンペだとかプロポーザルだとか、あるいは面接だとか、さまざまな設計者選定の方法はあります。これは、国もそれをある意味では認めていて、国交省の官庁営繕部は原則として設計入札はしないというふうに決めています。ですが、地方自治体はまだ八五%が設計入札であります、実態は。それはなぜかというと、設計入札が一番簡単だからなんですね。

 だから、やはり、これから日本の建築文化は、やはり設計者をきちっと長い時間をかけて、設計者選定にもきちっと予算をつけて、選定委員会をつくり、議論をして、そして設計者を決めていくという方法にしていくことが必要だというふうに思っております。

○本多参考人 この部分で私が特に言いたかったのは、発注者の承認があればというような文言にあらわれているように、発注者がかなり権限を持っているんです。実際に設計を進める上で、設計者がこれはやはり近隣にとってまずいだろうと思っても、発注者がそれでいいと言うとそうせざるを得ないような現状があります。

 しかし、実際には、発注者というのは金は出すんだけれども、全部自分の思いどおりにしてはいけないんだ、町をつくっていくということが発注者の義務なわけですね。建物をつくっていくことによって町ができていく。この町というのは我々の環境そのものです。それをつくっていくという立場がきちんと考えられなきゃならない。建築士は、そこのところを重視しなければならないと思います。

 それは、例えて言うと、例えば病気になったら医者にかかりましょうというのに近いわけです。とっぴなことを言うようですが、我が国では以前、病気になった子供をおはらいしてもらうというような風習もあったわけです。それに対して多くの人が、病気のこと、伝染病のこと、消毒のこと、ばい菌のこと、そういう教育をしていって、おはらいではなくて医者にかかるようにということをしてきた歴史があります。

 私たちも、建築はきちんと設計をする必要がある、その設計というのは、建物の安全性を確保すると同時に町を美しくつくっていく、そういう責任を持っているんだということを、これは建築士にも、あるいは発注者にもわかってもらわなければならない。さらに、私は、義務教育まで含めて、建築をつくるという、実際に発注者になるというのはそういう責任を持っているということを教えていかないといけない、これは長期的な問題であるというふうに思っております。

 以上です。

○穀田委員 ありがとうございました。