実績

【伝統・地場産業】

日本文化としての伝統・地場産業をまもる共同を

──伝産法改正と振興具体策を提起したこくた質問の背景と意義──

「前衛」1999年7月号より転載


 それぞれの地域の歴史・風土、住民の生活のなかで育まれ、熟練した職人の手づくりの技法によって現代まで受け継がれてきた伝統的工芸品は、わが国が世界に誇るべきものです。日本共産党は、この伝統的工芸品産業を、生活文化産業として、また特色ある地域づくりに貢献する産業として振興させることに努力してきました。
 京都の伝統地場産業の“丹後ちりめん”が苦境におちいったとき、その対策に努力したのが、かつての蜷川(にながわ)虎三京都府知事であり、日本共産党でした。蜷川民主府政は、国の零細企業切り捨ての「構造改革」ではなく、織機台数六台以下の零細企業が九割を占めるという実態にそくして、経営の共同化や設備の近代化などを独自の「振興計画」にもとづき五カ年計画で実施しました。これは、一九六九年からの五年間に一二六億円を投じるという大規模なもので、国の「伝統的工芸品産業産地振興対策費補助金」が、法改正の九二年度からの七年間の合計でわずか十五億円弱とくらべて、いかに本格的にとりくんだかがわかります。
 その後も日本共産党は、伝統と文化としての伝統産業を地場産業として栄えさせることを重視し、海外生産や逆輸入にたいする実効ある輸入規制や支援策などを追求してきました。
 今年は、七四年に「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」(伝産法)が制定されてから二五周年の節目の年にあたります。伝産法では、百年以上の歴史をもつ伝統的原材料を使用し、同じく百年以上の歴史をもつ伝統的技術や技法によって製造された、日常生活のなかで使用される家具や調度品などの工芸品を「伝統的工芸品」として通産大臣が指定することとされており、これまでに、伝統的工芸材料、工芸用具三品目を含め、全国で一九二品目が指定を受けてきました。この伝統的工芸品を製造する産業を「伝統的工芸品産業」として、伝統的技術・技法を伝え、振興するというのが伝産法の目的です。しかし、産地の実態は同法の目的とは逆に、需要の伸び悩み、後継者不足など、産業そのものが衰退の危機にあります。

「ものづくりに専念できる程度のことを行政が支援を」


 こうした危機的状況を打開するため、九二年に同法が改正されました。それから七年、事態はいっそう深刻化しており、法改正の趣旨を全面的に生かす努力が不可欠となっています。二月十七日の衆議院予算委員会第六分科会で、日本共産党の穀田(こくた)恵二議員は、政府の対策の問題点を追及するとともに、あとで紹介するように五点にわたって具体的な打開策を提起しました。
 京都の西陣織での九七年の状況は、七五年とくらべて、生産額では七四・五%、企業数で六一・一%、従事者数で三七・七%(とりわけ二十九歳までの若年従事者では一八・八%)と大きく落ち込んでいます。西陣の主力製品である帯は、ピーク時の七八〇万五〇〇〇本から一八〇万本(九十八年)に激減、友禅では一六二五万反から一四〇反(同)へとわずか一割までに減少するというきわめて深刻な事態です。
 全国でみても同様で、伝統工芸品産業は七四年にくらべて、生産額で八五%、企業数で五六%、従事者数では四六%という状況にあります。(図参照)。
 深刻な事態は、生産の落ち込み、後継者難にくわえて、指物(さしもの)の素材である柿材など材料の入手困難、京都西陣の綴(つづ)れ帯用の竹筬(たけおさ)など、関連業種の道具・部品の製作者がいなくなるという事態さえおこっており、全国的工芸用具・材料の従事者数も、七四年の二〇八六人から九七年には一二〇六人にまで減少しています。
 こうした深刻な事態に、全国伝統的工芸品産業振興協会(伝産協会)の幹部は「かつてふるさと創生基金があった。一九二の産地にそれぞれ一億円の支援でも一九二億円」と国の支援をと訴えており、また、指物の関係者も、「われわれは、ものづくりに専念したい。他のことを考えずにくらしていける程度のことを行政が支援してほしい」と切実に要求しています。

危機的状況の根本にある政府の姿勢の弱さ


グラフ 通産大臣の諮問機関である「伝統的工芸品産業審議会」は、九一年十二月二日の答申で、産業の現状について「このまま推移すれば、産地の維持すら困難な状況になりつつある」と危機的状況にあることを率直に指摘しました。そして、伝統的工芸品産業が「伝統」を守り、次世代に残していくという使命をもつことから、国としてその活性化のための支援をおこなうことが必要であり、人材確保、需要開拓、新商品開発といったことを通じ、産業の活性化をはかることが急務であることを明らかにしました。そのうえで、中小零細性の強い伝統的工芸品産業が独力でこれらの課題に対応することは困難であることを指摘し、国の支援とそのための法改正をおこなう必要があると答申しました。九十二年の伝産法改正は、この答申をうけたものでした。
 この答申では、さらに支援のあり方として、活性化のための施設や制度の整備といったハード面での支援に加えて、それぞれの支援策を伝統的工芸品の産地ごとの特性を踏まえた効果的なものとするため、企画、コンサルテイングなどのソフト面についても、十分な配慮が必要であることも指摘していました。
 ところが、図でも明らかなように、「産地の維持すら困難な状況」を打開するための法改正後も、事態は「改善」どころか、いっそう悪化しています。法改正の「目玉」とされ、新たな振興策として打ち出された三つの計画││@共同振興計画(需要の開拓、製品の共同販売、消費者への情報提供などの計画)、A活用計画(伝統的な技術・技法を活用した新商品の開発・製造などの計画)、B支援計画(従事者の確保、消費者との交流、伝統的工芸品産業の振興を支援する人材育成・交流支援センターなどの計画)の作成・認定の現状は、共同振興計画が六計画、活用計画が一計画、支援計画が三計画と、七年間で合計してもわずか十計画にすぎません。
 しかも、穀田議員の国会質問で明らかになったことは、「産地で計画し、策定された計画は全部承認された」(通産省生活産業局長)ということであり、計画すら立てられないという根本問題があるのに、国が何ら対策を講じてこなかった実態がうきぼりになりました。
 また、従来からの振興計画についても、一九二の指定品目中、現在一〇四産地で策定されているにすぎません。
 なぜ、このような状況になっているのか。問題点は何なのか。穀田議員は、その根本に政府自身の姿勢があることをうきぼりにしました。

(1)一九二品目全体の振興計画がない

 その一つは、伝産品指定一九二品目「全体」にたいする国としての振興計画づくりが視野にないことです。
 穀田議員が、新しい三つの計画を一九二の産地にどの程度もってもらうつもりなのかと追及したのにたいして、通産省生活産業局長は、具体的にいくつという数字はしめせませんでした。産地の声を聞く、きめ細かくおこなうのは当然であって、問題は、一九二の対象があるにもかかわらず、法改正でつくることになっている計画については、認定したものが十しかないことです。法改正のもとになった審議会答申は、伝統品指定品目全体を対象としたものであり、伝産法の運用に責任をもつべき政府自身が、伝統的工芸品産業の危機的状況をなんとしても打開する、そのためには、伝産品指定一九二品目全部に振興計画をつくってもらうという姿勢を確立することが必要です。

(2)計画策定が伝産協会まかせ

 二つ目は、計画策定が伝産協会まかせとなっていることです。「計画」の作成、申請、認定は、産地がたてた計画を都道府県を通じて申請し、通産大臣が認定することになっています。
 伝産法にもとづき設立されている公益法人である伝産協会によると、産地に専従事務局や事務所があるのは、一九二品目中、よくて二分の一(三分の一ともいわれる)という実態です。
 九十二年法改正にもとづいて作成された通産省の「伝統的工芸品産業の振興に関する基本的な指針」では、「伝統的工芸品産業の一層の振興」をはかるためには、中小零細性の強い伝統的工芸品製造事業者の「自助努力のみでは不十分」ということを明記しています。しかし、その具体的支援となると、「伝統的工芸品産業振興協会等による産地への支援体制を充実させていく」とあるだけで、国の責任を伝産協会に転嫁し、事実上、伝産協会が産地振興の「要」の役割をになわされています。
 そのうえ、伝産協会がそれにふさわしい体制になっていないことがあります。現状の伝産協会の体制は、役員二人、職員十四人、アルバイト七人、嘱託二人の合計二十五人にすぎません。これでは「一九二品目すべてに手がまわらない。マニュアルをしめすことぐらいのことしかできない」というのは当然であり、伝産協会それ自体の体制強化が求められています。

(3)実態にそぐわない国の支援策

 三つ目は、産地、産業の実態にそぐわない国の支援策となっていることです。
〈後継者の技術習得に対する支援〉
 九十二年の法改正後、「伝統的工芸品技術習得奨励事業」が新たに実施されています。これは、日本自転車振興会の補助金を原資に、伝産協会を通じて、毎年全国で一二〇人前後、一人三十万円を限度とするものですが、一年限りの支援に限定されています。
 京都商工会議所中小企業相談所が実施した「伝統産業の人材育成に関するアンケート結果」(『京都の伝統工芸界における人材育成の現状』、京都の伝統産業にかかわる三十五の協同組合などから回答)では、技術習得には三年、五年、十年かかるとの回答が大半です。さきにのべた伝統的工芸品産業審議会の答申でも「一般に一人前の職人になるためには、十年にもおよぶ長時間、弟子として修業しなければならないといわれている」と指摘しています。
 後継者育成には、これくらいの時間がかかるのです。関係者からは、「奨励金が支給されるようになったことはうれしいが、わずか一年ではあまりにも少ない、せめて三年は」とか、「年数も金額も実態に見合ったものに上げてほしい」との切実な声が寄せられています。
 国の施策が産地の実態にそぐわないもとで、独自の対策をおこなっている地方自治体もあります。伝統産業が事業所数で二十四%、従業者数で八・二%を占める石川県金沢市では、「伝統産業は市の顔になっている。だから、その振興のために力を入れている」と市の担当者はのべています。同市では、伝統産業にかんする専門的な知識、技術を習得しようとする人にたいし、年間三十人を限度に月額五万円を 三年間支給するなどの奨励金を交付しています。この奨励金は、金額は変わっているが大正時代から実施している制度であり、団体のない業種からは個人からの推薦も受け付けるなど、産業の実態により即した支援策といえます。
 伝統産業は態様はさまざまですが、いずれもその地域を代表する「顔」です。国が、その振興に本気になって取り組む姿勢さえあれば、画一的な施策の押しつけではなく、地域の実情に即した支援が可能となります。
〈研修会開催への支援〉
 振興計画にもとづく後継者育成事業での研修会開催の状況と国の支援策の実際はどうでしょうか。後継者育成事業費は、研修講師謝金(国の補助率二分の一)と研修教材等諸費(同三分の一)として、国費で毎年七千万円程度、地方公共団体で三億千四百万円程度の予算で実施されているものです。
 具体的には、たとえば京都・西陣の例では、手織りコースが八十時間、基本技術コースが四十時間、専門技術コースが四十時間、京友禅では、手がき染コース一三四時間、型染コース四十四時間など(通産省資料)となっています。国の支援による後継者育成事業ですが、一人前になるということを目標とすれば、きわめて初歩的な研修にとどまっています。しかも、「研修会の開催がどれだけの産地で、参加人数がどれだけいるのか」との穀田議員の質問にたいし、通産省はこたえられず、国が実態の正確な掌握さえしていないことが明らかになりました。
 このことは、「現在の状態を放置すれば、伝統的工芸品産業は、従事者の高齢化等により人材不足が深刻化し、早晩消滅するおそれが大きい」(前述の伝統的工芸品産業審議会答申)と指摘されているもとで、伝統的工芸品産業を維持するうえで大きな柱である後継者育成事業が「放置」に近い状況に置かれているという深刻な事態になっていることをしめしています。
〈カレッジ設置の現状と育成目標〉
 法改正の目玉のひとつである「支援計画」では、「地域の伝統産業人材育成・交流支援センター(地域手づくりカレッジ)」の設置計画を定めることとされました。しかし、この七年間で全国で設置されたのは、わずか3カ所、うち入学・卒業制度をもち、カリキュラムにもとづく教育が実施される「学校形式」でおこなっているのは京都伝統工芸専門学校の一カ所のみです。
 なぜすすまないのでしょうか。関係者からは「建設費に四分の一の補助があるが、地元負担が大きくて手をあげられない」とか、「建設後の維持管理、運営費の負担が大きい」「建物(ハコモノ)建設には補助があるが、都心部の高い土地取得には補助がない」など、やりたくてもできないメニューになっていることなどが障害になっているとの声があげられています。
 穀田議員は、九十二年の伝産法改正時の国会審議や前述の審議会答申でも、「何も学校(というハコモノ)をつくらなくてはならないといっているわけではない」、「伝統的工芸品産業の人材育成・交流支援のための施設を伝統的工芸品の産地に設置するというのが主旨だ」として、国の補助が産地の実情や答申の主旨を踏まえたものとなっていないことを追及しました。

危機打開の方向と広範な共同の追求を


 穀田議員の質問を通じて、一九二品目というのは非常に多種多様で、産地の力量もあって現地における育成事業もさまざまあるなかで、そういう実情をよく踏まえて、産地の実態にあった、しかも産地全部を視野に入れたきめ細かな対策が必要なことがあらためてうきぼりになりました。穀田議員は国会質問を通じて明らかになった問題も踏まえて、伝統的工芸品産業の振興のために次の五つの提案をおこない、政府にその実現を求めました。
 (1)なによりもまず、伝産品指定一九二品目すべての振興に国が責任をもつ立場で施策をすすめること。
 (2)「計画」をつくれない産地に専門的知識のある人の派遣や、そのため必要な伝産協会の体制を強化すること。
 (3)後継者育成では、それぞれの産地の実情をよくつかみ、産地組合や自治体が独自にやろうとすることに補助金や交付税措置で支援をおこなうこと。「学校」施設(ハコモノ)一辺倒だけでなく、その運営への財政支援を含めるなど、産地の実態にあった支援をおこなうこと。五〜十年かかるという後継者育成の実態に即して、伝統工芸士などの教える側、教えられる側(後継者)にたいし、「奨励金制度」を一年限りでなく、長い期間で拡充すること。
 (4)産業をささえている材料、道具、機械の実態を調査し、それら産業が伝統的工芸品産業に不可欠な部門として維持・振興に必要な対策をとること。
 (5)これらの点を年次計画をもってすすめるとともに、この年次計画をささえる予算を拡充すること。
 穀田議員の提案に、与謝野通産大臣は、「この分野は、いずれも日本人が長年かけて育ててきた大事な文化。私は、後の世代にも残すというのは現代に生きるわれわれの責任」だとして、「伝統的な文化、芸術、技術というものを後の世代に残すというために、指摘された点も含めて今後とも、私どもは努力させてただきたい」と答弁しました。

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 ここで紹介した例は、ごく一部にすぎません。伝統的工芸品産業をもつ自治体はいろいろな差はあれ、なにがしかの振興策を講じています。問題は、その振興策がそれぞれの地域の実態に即したものとなっているかどうか、現場で苦労している関係者の意欲にこたえるものになっているのかどうかということです。
 伝統的工芸品として指定されている一九二品目のそれぞれについて、危機的状況を打開するために何が必要なのか、国や自治体の支援として何が求められているのか、事態打開の障害は何なのか、こうしたことを関係者の英知を集めて明らかにし、その実現に力をひとつにしていかなければなりません。大臣の「答弁」を実りあるものにするためにも、関係者の努力とそれを支える運動が必要です。
 伝統的工芸品の製造は一〇〇年以上の歴史をもつ伝統的産業であり、日本の文化そのものです。ますますその価値が大きくなっています。最終的な工芸品製造だけでなく、その原材料の確保や関連業種の道具や部品の製作を含めた全体として、伝統的工芸品産業が日本の文化そのもの・地域の顔として振興できるよう、私たちもねばりづよい努力をしていきたいと考えています。

(こくた恵二衆議院議員秘書・松尾佳和)