【染織夜話・第八話】

こくたせいこ

80年の時経て心深く聞こえる機音

書評/志村ふくみ著『ちよう、はたり』筑摩書房、2,200円

作品

 「ちよう、はたり」というのは機の音である。
 それは染織家・志村ふくみの心の奥深くにしか届くことのない、80年の時を経て聞こえてくる機音だ。
 「今はまだ暗い、誰もかよわぬ道だが、必ず誰かがあとから来る。自分は踏台になる」といって37歳で亡くなった青田五良の紬(つむぎ)を織る機音であり、彼のもとで織の道を歩こうとしてかなわなかった母に導かれ、著者はこの「誰か」となって現在を生きている。そして80歳を前にして今「もし遺すものがあるとすれば色ではないか」と思い至るのである。
 彼女は、植物から色を染める草木染とそれによる紬織により、1990年重要無形文化財保持者に認定された。
 大佛(おさらぎ)次郎賞を受けた『一色一生』を初めとした随筆、作品集など数多くの著作があるが、本書は最新の随筆集である。
写真 「物を創ることは汚すことだ」しかしつくらずにはいられない。「美しいものは、美しいものをつくろうと思っては、出来ないものだ。そう思わなければ出来る。」まさにそうなのだ。しかしもう意識なしに仕事はできない。伝統という重苦しい枠、手仕事という窮屈な世界、それらの中で自分に枷(かせ)をはめずに自由に仕事をしたい。自問自答をくりかえす日々。彼女の歩いてきた道は「時代の要請のようなもの」だったとは言え、その時々には自身の選択と峻烈(しゅんれつ)な意志が存在したはずであり、語られるのはその時々の、色と糸と織と人間への思いである。
 まがりなりにも“染色”を生業(なりわい)とするわたしに『一色一生』は具体的で分かりやすく、驚きに満ちて感動的であった。著わされたころが、今のわたしの年齢に近いということもあるかもしれない。それから20年の歳月を経て一層哲学的、宗教的思索を深めた本著は、それ故に少々難解な部分もある。心も体も、さらには腕も磨いて再挑戦の必要がありそうだ。

しむら ふくみ 1924年近江八幡生まれ。染織家。

(「しんぶん赤旗」2003年6月2日付掲載)