【京の職人さん数珠つなぎ】

祇園・ない藤五代目

内藤誠治さん

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京都祇園。四条縄手通りを少し下ると、色とりどりの草履の飾られた古い京町家が目につきます。古い町並みの中でもひときわ古風な佇まいの祇園・ない藤。日本中の着物好きがあこがれるオーダーメイドの「履物屋さん」です。

日常の美への架け橋。「装履(ぞうり)」への思い

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和装は、トータルコーディネート。帯の格調に合わせて着物を、そして着物の格調に履き物を合わせていきます。どういう場で、「ハレ」の場か、「ケ」の場か、非日常か日常か*注。色、形、文様、素材を適切にアドバイスすることが大切な仕事です。
  同時に、ない藤には「うらない。つくらない」との家訓があります。逆説的ですが、「売り手の考えを押し売りしない。お客に合った物しかつくらない」ということでしょうか。

履物としての用とともに、美しさへの秘めた思い。そのお客さんの思いと作り手の思いが「阿吽」の呼吸で出会う、まるで「虹の架け橋」のような場所。ですから、ない藤では、草履を「装履」と表します。

2ちなみに、鼻緒は「花緒」。写真をご覧いただければ、その「花ごころ」がおわかりいただけるでしょう。誂えた草履の箱の包みには、「ふむなふむな 草は草とて 花ごころ」の句が印刷されています。

体と足をいたわり、護る「誂え」ものの履物

ない藤では、注文して完成までにおよそ一 カ月間かかるそうです。足の計測だけで、指の長短、細太、幅と骨の張り、肉付きなど詳細に採寸。それに、身長・体重、体格や顔の形、顔色。また、当然ながら用途に合わせながらオーダーメイドとなるためです。

先代の四代目は「履物は、花を生かす器」と言われていたそうです。足は、つぼみを育んできた「根っこ」。その足下を大切にしたいとの思い入れが、足をいたわり体をいたわり、そして護る、「誂え」ものの履物へと到達したのです。

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「足裏が酔うフィット感」というのが共通の評価です.。
長年、ない藤を愛好されていた鶴見和子さんの「きもの自在」には「足にすいつく草履」と表現されています。
 同じく、長年、ない藤を愛好されていた岡部伊都子さんは、「以前とすっかり足の形が変わってしまって」と指摘された体験を随筆「足の衰え」に記されました。
「顔よりも、足の形で人を覚えるほどの、細心の配慮。入念な下ごしらえの履物台」「足の指や甲の発達の違いで、左右の鼻緒のすげ具合が一呼吸違う。
 すげた鼻緒の形が崩れぬよう『どうぞお平らかに』と言われ大切に持ち帰り、左右をとりかえずに履いて安らぐ。日本の鼻緒の履物は、生来の足指の力を活用し、心身の動きを敏感にする」「すばらしい古来の知恵を履きこなせない近代の足の衰えは、一種の不幸だろう」。

和の文化こそ、いま改めて問われているのではないか

2和の文化は、日本の気候風土に合わせて千数百年かけて育まれてきた文化です。
 きものは、冬暖かく夏は涼しい、元々「ウオームビズ」「クールビズ」な服装です。一方、洋装のもと、空調などに膨大なエネルギーを必要としてきました。そのことが今日の日本のありようにも大きな影を落としているのではないでしょうか。

「原子力発電がいやならロウソクで暮らせ」と恫喝してきた人たちに対して、岡部伊都子さんは、そんな極論ではなく、和の文化に基礎を置きながら膨大なエネルギーを浪費しない暮らしを提案し、実践されていました。
 我慢するという文化でなくて、美しく心身にも力を与える古来の知恵を活用すべきときだと思います。

「和の心」での、いっそうのご活躍を期待します

2伝統産業を護るためにはたくさんの課題があります。下駄の歯の間を削る道具一つをみても作り手が見つかりません。伝統産業の分野で稀少道具を守る活動に期待しています。

[2012年1月]

* 注 「ハレ」と「ケ」
 民俗学や文化人類学において「ハレとケ」という場合、ハレ(晴れ)は儀礼や祭、年中行事などの「非日常」、ケ(褻)はふだんの生活である「日常」を表しています。 ハレの場においては、衣食住や振る舞い、言葉遣いなどを、ケとは画然と区別しました。