【エッセー】

穀田恵二

トリオで歌えばよかった?

写真

機先を制して二人にプレゼント

 第38回赤旗まつりのフィナーレを飾ったのは、歌手の杉田二郎と、ばんばひろふみの立命館大学コンビであった。フォーク世代の代表で、ヒット曲の“戦争を知らない子供たち”“「いちご白書」をもう一度”は、みんなが「自分のことをうたってくれた」と思い、好んで口ずさんだ。私も例外ではない。
 大学のキャンパスを舞台に若者がかっ歩した時代を象徴し青春そのものを共有した二人である。
 杉田は、専攻もクラスも同じ。褒められた話ではないが授業に出席しないことも同じ。学生自治会運動とフォークソングと分野はまるで違うが、好きな道をまい進していたが故に妙にうまが合った。結局その道を突き進んで今日に至っていることも同じと笑いあった。
 当時日本共産党が発行していた「学生新聞」を届けたり届けなかったり。「何せあいつは、各地のコンサートにでかけていて京都にいることが少なかったから」と弁解すると、連れ合いは「ズボラして配ってなかっただけよ」と非難の目をむけ、「学生大会の出席や自治委員の選挙のときの票依頼は私がしてたのよ」とのたまうではないか。
 大教室で開いた集会の前に反戦フォークを歌ってもらったりした。その時分はケーキ1個とコーク1本で快く引き受けてくれたものだ。
 彼らは、私を友人として紹介し、舞台で一緒に歌わそうという悪巧みをしていた。
 それを察知した私は、まつりの盛り上がりに水を差したくなかったので、機先を制してプレゼントに及んだのだが、思えばその“企画”に乗った方が盛り上がったかもとほぞをかんでいる。

[「しんぶん赤旗」2002年11月21日付、国会議員のリレーエッセー]